「あっあの…!」


その人が振り返って初めて、あたしは自分が彼を呼び止めたことに気付いた。


(やばっ…何やってんのよ、あたし!)


でも、呼び止めた以上、もう後には引けない。


とりあえず何でもいいからとしゃべり始めた。


「えっと…"タイラ君"っていうんですか、名前」


あまりにもまぬけな第一声に、自分でもあきれる。


「あ、ハイ。………今日、観てくれたの?」


"タイラ君"は、一瞬目を丸くしたけれど、すぐに表情を柔らかくした。


こういうふうに声をかけられるのに慣れている様子だった。


「はい!!途中からですけど―――あれ?耳が…」


自分の声が遠くに聞こえて、思わず両手で耳を叩く。


するとタイラ君はふっと笑って言った。


「ライヴハウスは初めて?」


その笑顔がなんだか温かくて、つられてあたしも照れ笑いをした。


「はい…なんていうか…とにかくすっごい興奮してます!」


あたしは知らず知らずに、両手のこぶしを胸の高さまで持ち上げて力説していた。


こんなふうに気持ちを熱心に表現しようとすることなんて、いつもなら絶対あり得ないのに。


「わかる、その気持ち。おれもそうだった」


タイラ君が、うれしそうにビシッと人差し指を向ける。


あたしはその勢いを借りて続けた。


「2月25日も絶対来ます!!」


「まじ?うれしいよ。最近、客少なくなって困ってたんだ。ま、おれは出ないんだけどね」


(………え?………えぇ!?)


「出ないんですか!?なんで!?」


思いがけない返事に、大きく声を上げてしまった。


「今日はヘルプで出ただけなんだ」


「…ヘルプ?」


「ベースの人が体調崩して、急遽助っ人に借り出されたんだ。お世話になってる先輩達だから、役に立ててよかったよ」


(そうだったんだ…)


一気に力が抜けてしまい、


「…出ないんだぁ」


あまりの落胆に、独り言がこぼれてしまった。


(もしかして、もう二度と会えないの…?)


泣きたい気持ちになった。