迷姫−戦国時代

先程会った青年を見付けた美羽は、今己が置かれている状況を整理するために一旦息を吐いたのだった





部屋には二人以外誰も居ないのに対して何故私が此処に呼ばれたかよね。まさか・・・












「失礼ですが、そちらの女人は?」


こちらを一向に見ないまま尋ねる青年は飽くまでもしらを切る様だ。美羽もそれに便乗し青年を通り抜け襖をどこまでも長く見つめたのだった



二人の反応を全く気にもしない重綱は目の前に置かれた料理に手をつけ始める


「名は無い、千紫の”元”姫だ」


つまらないように説明した重綱の発言に美羽は貶されてるのだと理解しているが、蓋をされた怒りを噴き出さないように何とか抑えたのだった





「何故名が無いのですか」

「頑なに名を申さぬのだ。ならば無くてもよい」

「呼ぶのに差し支えなければいいのですがね」

青年の返事はまるで世間話でもするかのように客観的であった。だがその中で、重綱には勘づかれないように口元を吊り上げるのだった






「しかし名が無いのは不便。なら、父上がお決めになられてはどうか」






青年から口に出された言葉に驚愕した

楠木が私に名を……
憎い相手から名を付けられるなど恥でどれほど己の矜持を傷付ける気なのかと

そして予想してた通りこの二人は親子なのだと。顔付きも何処となく似ているのもそれを証明するのは充分だった








「よろしいかい、名無しさん?」





一端目を細め笑っているように見える青年だが、美羽に向けられたものは挑発しているものの他になかった






やられた・・・

それは美羽の頭に一つの言葉が浮かんだ瞬間だった











「・・・美羽でございます。私の名は桜美美羽でございます」


美羽の言葉に重綱は微動だにしないが青年は朱色の瞳をギラギラさせてこっちを見てきた


「申し遅れた。某の名は楠木光彦。浬張へようこそ美羽様」




これが美羽と光彦の二回目の出会いだった。のちに二人に起こる因果をまだ誰も知るよしもない