… ◇ …

───あいつ、ちゃんと覚えてるだろうか…。

土曜日に行ったお花見で、思いがけない祐里香からの告白だった。
満開の桜が咲く中、彼女の手作りのお弁当を食べながら、まるで夢を見ているような錯覚に陥ってしまうほど。
柔らかい唇、なんだかものすごくいい香りがして…あまりの心地良さに暫く離れることができなかった。
でも…。
その後飲んだ甘酒で、彼女はすっかり酔っ払ってしまったのだ。

『稲葉が、好きなの』

あの言葉に嘘はないはず、いや絶対そうだと思いたい。
が…。
彼女のことだから、『そんなこと、言ってないわよ』って、言いそうなんだよな…。
はぁ…。

───酒なんて、飲ませるんじゃなかった…。
今更、悔やんでも遅いけど…。



「「あっ」」

あたしがコピ─を取りに行くと、ちょうどやって来た稲葉と譲り合う形になった。

「先にどうぞ」
「稲葉こそ」

なんだか稲葉と顔を合わせにくくて、朝の挨拶程度しか交わしていなかったのだが、こんな場所で鉢合わせするとは…。

「じゃあ、遠慮なく」

稲葉がコピ─を取っている後姿をジ─ッと眺めていたあたしは声を掛けるべきなのか、それとも無言のままでいるべきなのか…。

「桜、綺麗だったな」
「へっ…」

いきなり言葉を掛けられて、なんと答えていいかわからず、妙に間抜けな声を出してしまった。
───急に振り向かないでくれる?
びっくりするじゃない。

「あっ、うん…そうね、すっごく綺麗だった」
「お弁当も美味かったよ。特にだし巻き卵、あれは絶品だな」
「そう言ってもらえると、嬉しい。だって、すっごい練習したんだもん」

料理のことを褒められるのはとっても嬉しくて、いつもの二人に戻ったよう。
だけど…。