稲葉の体調を考えて、料理を習うのは次週に持ち越しとなった。

「稲葉、大丈夫?」
「あぁ、もう平気。迷惑掛けて、ごめんな」
「ううん、元はと言えばあたしが悪いんだもん。稲葉に料理を教えて欲しいなんて、頼んだから。体調悪いのに…」

───休みの日まで料理を習おうとして、稲葉に迷惑を掛けたのはあたしの方。
だから、稲葉が謝ることなんてないのよ。

「そんなことないよ。新井、気にしてたのか?」
「うん…」
「馬鹿だな、別に新井が気にすることなんでないんだからな?俺が無理したから、いけないんだし」

こんなことになってしまい、大げさかもしれないが稲葉にとっては一生の不覚ではあったけれど、祐里香がずっと手を握っていてくれたことはちゃんと覚えてる。
食べさせてはくれなかったが、おじやも作ってくれて、あれはどんな高級料理よりも美味しかったと自信を持って言える。

「じゃあ、稲葉のお願いを一つだけ聞いてあげるから」
「お願い?」
「そう。何でもいいわよ。あっ、でもお金の掛かるものとかはダメだからね」

───そんなことを言われたら、俺が言うことなんて決まってる。
だからって、彼女になってくれ…とは、言えないよなぁ。
また、突き倒されるかもしれないし…。
ありがたい申し出ではあったが、彼女のことを思ったらそんな卑怯なことは言えるはずがない。

「なら、花見に行こう」
「花見?花見って、桜の?」
「あぁ、お弁当持ってさ。もちろん、新井の手作りで」

花見の季節はまだ先のことで、それまでに練習すればきっと上手に作れるようになっているだろうから。
というか、これくらいならきいてくれるだろうし、思い切ってそこで自分の気持ちを言ってしまおう。
さすがにこれ以上は待てないし、限界にきていた稲葉はそう決心する。

「わかったわ。それまでにちゃんと料理を作れるようになるから。稲葉、しっかり教えてね」
「あぁ」

稲葉の決心と同時に、祐里香もその時に自分の想いを告げようと心に決めたのだった。