「新井さん」
「あっ、中川君」

お昼休みに真紀ちゃんと一緒に食堂に行った帰り、同期の中川に声を掛けられた。
電話で話したのも久し振りだったけれど、こうやって会うのはほんと珍しい。
その前に、映画のプレミア試写会に誘われたのにその電話を稲葉に勝手に切られちゃったのを気にしていたのよね。

「ごめんね。この間は、電話切っちゃって」
「稲葉だろ?ったく、あいつ失礼なやつだよな。俺が話してるってのに勝手に切りやがって」

電話機を稲葉に取り上げられた時に祐里香が言った『やだっ。ちょっと稲葉ったら、何するのよっ』という声が、彼に聞こえていたらしい。

「ほんと、ごめんね」
「新井さんが謝ることじゃないけど、稲葉と付き合ってるって話は…」
「え?」

───どうして、そんなことを中川君が知っているわけ?
っていうか、どこまでこの噂話が広まってるのよ。

「いや、そんな噂を聞いたもんだから」
「違うわよ。付き合ってなんか…」
「だったら、改めて俺と行かないか?映画の試写会」

───それは…。
試写会ではないが、正式に公開されたら稲葉と一緒に見に行く約束をしたのだった。
だから、中川君とは行けないわけで…。

「ダメかな?」
「ダメっていうか、それはね───」

「稲葉と」と言おうとした時、中川が同僚に呼ばれてその声は掻き消されてしまう。

「今度の金曜日、18時に駅で待ってるから」
「そんな…ちょっ、中川君っ」

『あ~ぁ、行っちゃった』
困ったなぁ、そんな約束されても…。
あの時、稲葉に切られる前にきちんと断っておくんだったわ。

「祐里香さん、あの人と映画を見に行くんですか?」

もしかして、稲葉さんにライバル出現!!
二人の会話を側で聞いていた真紀ちゃんが、心配そうな顔で問い掛ける。