それからは、他愛のない話で盛り上がって、お腹一杯焼肉を堪能して店を出た。

「美味しかったね、真紀ちゃん」
「はい」
「稲葉、今日はご馳走様。でも、本当に奢ってもらってもいいの?」

やっぱり自分の分は払うと言ったけど、結局最後まで稲葉はお金を受け取ろうとはしなかった。
そういうところは、頑固なのよね。

「約束だからな。それに、これからもまた、手伝ってもらうかもしれないし」
「それって、ズルくない?」
「当然だろう」

ちょっとやられたって思ったけど、仕方ないか…。

「あっ、私こっちなので。稲葉さん、今日はご馳走様でした」
「じゃあ、また明日ね」
「失礼します」

真紀ちゃんとは帰る方向が反対だったから、近くの駅で別れた。

「新井、もう帰るか?」
「何?」
「いや、もう少しどうかなって思って」

時計を見ると8時半を過ぎたところ、明日も会社だけどまだ遅いという時間でもない。
お腹は一杯だったが、稲葉にはお酒が少し足りなかったのかも。
でも、稲葉がこんなふうに誘うというのはちょっと意外だった。

「付き合ってあげてもいいけど、今度はあたしに奢らせてよ」

「じゃなきゃ、行かない」って言ったら、「わかったよ」って稲葉が笑う。
場所は稲葉の行きつけだと言う、こじんまりとして落ち着いた感じのショットバ─。
今まで5年も一緒にいたけど、こういうところに稲葉は来ていたのだなと初めて知った。
カウンタ─席に並んで座ると、稲葉はジン・フィズ、あたしはスプモ─二を頼む。
実はあたし、お酒は好きなんだけど、見掛けによらずあんまり強くないの。
大食いなんだけどね。

「今日は、ほんとご馳走様」
「いいえ、どういたしまして」

グラスをカチンと合わた。