坂井家の事情

「ところであの先輩って、斗真の知り合い?」

「ああ。真ん中にいた人が剣道部部長の但馬(たじま)先輩だ」

「へぇ。何処かで見たことのある人だなと思ったら、トン……斗真んところの部長さんかぁ。
入学式のオリエンテーションで、部活紹介の時に居たよね」

雅昭はまだ脳天を締められたままだったのだが、二人ともごく普通に会話をしている。

「それにしても……くっ!」

斗真は手を離すと顔を歪めて背を向け、頭を抱え込んだ。

「まさか、この俺が尊敬する部長の頼みを断るだなんて……」

真っ青な顔で、脅えるように全身をガタガタと震わせている。

「後に一体どのくらいしごかれることになるのか……想像だけでも恐ろしすぎる!」

「はー…ようやくだよ」

と、斗真の声に重なるように階段のほうからは、溜め息混じりで少し疲れたような声が聞こえてきた。

「よっきゅん、お帰り〜♪」

飛び跳ねるように明るく出迎えた雅昭に対して、やや疲れ気味な表情を見せながら上ってきたのは山崎翼(やまさきつばさ)だった。

「その様子だと、そっちも上手くいったみたいだね」

「まぁ、一応な」

「さっすが、我が2組のナンバー2(ツー)!」

雅昭がはしゃいで手を叩いている。

翼はこのクラスでは副委員をやっていた。因みに雅昭が会計、斗真は書記である。

「いや、俺の能力(ちから)じゃないよ。全ては川上が用意してくれた、このノートのお陰だ」

翼は手に持っている薄いノートを、ヒラヒラと左右へ動かして見せた。