坂井家の事情

大輔は本を持ったまま、呆然とその背中を見送っている。そんな様子に気づいた圭吾は声を掛けた。

「ん? 大輔、どうかしたか?」

「あ…ああ。まさかあのシバセンが、直ぐに返してくれるなんて思わなかったからさ。ちょっと意外というか……」

「そうかぁ?
口はかなり悪いけど、わりと優しいところもあるぞ、あのセンセは」

「え、アレで!?
俺この2ヶ月で何度も怒られたぜ。その度に殴られたりもするし」

悠太が頭を押さえながら、吃驚した顔をする。

「そりゃ、お前がそんなことばかりしているからだろう」

「でもシバセンて、いろいろ噂あるよな。
3年の先輩から聞いたんだけど、中学の時には番長やっていて、手下を何十人も従えていたって話だぜ」

「俺の聞いた話だと、何百人もいる族の頭(ヘッド)で、その辺一帯をシメていたらしいよ。
あと出身中学がこの学校で、実は俺たちの先輩だった、とか?」

「ははは…凄い噂だな。けどどう考えても嘘っぽいだろ、ソレ」

「そうかなぁ。だって『火のないところは燃えない』って、よく言うだろ」

「それを言うなら『火のないところに煙は立たない』だ」

呆れつつも悠太の言葉を訂正してやる。