『あなたには無理よ。』

父さんの言葉が蘇る。

―浸透圧を知ってるか?2つの液体が細胞膜を介して接する時、密度の低い方は高い方へと引き寄せられるんだ。勝負の潮目も同じなんだ。魂の強い者が、弱い者を飲み込んでしまう。いいか?自分の信じる可能性の浸透圧を下げてはいけない。信念の密度を下げちゃいけないんだ。

ディーラーの交代が告げられ、長髪に変わって小柄な老人が現れた。
このフロアのすべての目が彼に注がれる。
「Mr.37だ…」
「まだ生きてたのか…」

交わされる囁き。
37分の1のマジックを自在に操り、幾多のギャンブラーを打ち砕いてきた男。
伝説のディーラー。
クレイの切り札。

『的を100%はずさないって噂は本当なの?』
『ああ、本当だとも。ただし、奇跡の分は差し引いてある。』
掌を握りしめた。
私の信念の密度は下がっていない。

『ルージュ(赤)に全部!』

球は永遠とも思える回転を続け、やがて静かに赤の32番ポケットに吸い込まれた。

『やれやれ…奇跡に出くわしてしまったか…』

ギャラリーにもみくちゃにされる私に、伝説のディーラーは静かに微笑みかけていた。