帰りは、黒い普通サイズの乗用車だった。

って言っても、あのエンブレムはついていたけど。



「すみません。あの家には女物がなくて‥」

「いえ、気にしないでください。家に帰るだけですから」



吹っ飛んだボタンを探しに行きたかったけど、あの雰囲気の中へ戻るなんてできなくて。


だから結局、寝る時に着ていた淡い水色のワンピースに着替えたんだ。

凉さんはとても喜んでたけどね。ふふ。



ブー、ブー、ブー‥



あ、メールだ。

ーーーー‥え゛‥



「あの、凉さん」

「なんでしょう?」

「行き先、変更できますか?」



お母さんたちは、紅澤家に居るらしくって‥。

みんながそっちに居るなら、そっちに行きたい。



「あぁ、存じております。みーの家の近くですし」



クスクスと笑いながら了承してくれた凉さん。




しばらくして、見慣れた黒い門の前で車を止め、外に回ってドアを開けてくれた。



「ありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。楽しかったです。また‥いらしてくださいね?」



凉さんは、少し寂しげな笑顔を残して、また車を走らせた。


小さくなっていく黒い車を見ながらふっと思い出すのは‥凍てついた彼の顔と、鋭い彼女の瞳。



また震えてしまいそうだ。





見上げれば、夕立がありそうなくらいの、黒くて低い雲。

真上にあるはずの太陽の光なんて、一筋も射していなかった。



「えー?やっだぁ。マジで言ってんのぉ?」

「はは。マジだって」

「んっもぉ。そんな玄くんも好きっ」



聞こえてきた声にくるりと振り返る。



「歩いてで良いんなら送ってくよ」

「やったぁ。それでも嬉しいっ」



玄の腕に蛇のように絡みつく、ミニスカートの美人なお姉さん。



……バッチリ目があった。



「ねぇ、玄くぅん。あの子‥こっち見すぎで気持ち悪いんだけどぉ」



なんとなくその場に居たくなくて、片手でスカートの裾を少し持ち上げ、足早にエントランスへと歩く。



「なぁに?あの子。家の中に入ってくよぉ?知ってる子?」



全部聞こえてるってば。



めいっぱい早く足を動かし、そして、2人とすれ違う瞬間に聞こえたあの言葉ーー‥






「あ?知らねぇな」





ーーーーーー‥え?