「姫衣っ」



空間に響いた、落ち着いているのに迫力のある声。

振り上げられていた手がピタリと止まり、その緑色の瞳は声の主へと移動した。



「シュウ‥」



明らかに動揺している彼女。

さっきまでの迫力は一瞬にして縮まり、今度は逆に、怯えているような気さえする。



「姫衣は、何してるのかな?」



私もその穏やかな声の主へと視線を向ける。するとーー‥



「紺野‥生徒会長」

「おはよっ。銀崎さん」



私に挨拶をしながら紺野くんを通り過ぎ、トントントンと階段を上ってくる会長。


すると彼女は、会長から距離をとるように壁際へと退いていく。


会長は、無惨な私の格好を見るなり「ごめんね‥」と呟き、その切れ長の瞳を細くした。

そして、



「ちゃんと護れるって約束したよね?千秋」



穏やかに緩く紺野くんに語りかけた会長。



「愁一(シュウイチ)兄さん……何で‥別邸に」



暗く、張り詰めたような紺野くんの声に対し、



「ん?本邸に姫衣が居なかったから、また此処じゃないかと思ってさ」



明るく、緩い会長の声。



例えるならば、

会長は“光”で
紺野くんは“闇”


けして交わることのない、対照の性質だ。



くるりと私に向き直った会長は、ニッコリと優しい微笑みを浮かべ、視線を上へと向ける。



「凉、銀崎さんを着替えさせてくれる?」

「は、はい!」

「それでね、そのまま家まで送ってあげて」

「かしこまりました、愁一様。さ、心さん」



私は凉さんに背中を押されて、この場に背を向ける。




「さぁ、千秋?姫衣?話がある。こっちへおいで」





最後に見た紺野くんの顔は、恐ろしい程に冷たく、凍てついていた。


身震いがするくらいに‥。




暗くて低くて大きな雲は、蒼い空一面を覆う。


この日に見た、闇に囚われし紺色の仮面。


彼もまた、それを被り、何処かで自分を作っているんじゃないかーー‥

そう‥思った。