「心!待って、心っ!止まってっ」


ゴンッ!!


「ーーいッ」

「もう、だから止まってって言ったじゃない。大丈夫?」



1つ目の突き当たりを曲がることは出来た。

でも、その先の突き当たりにある音楽準備室のドアに突っ込んだっていう、この‥



「ボケナス」

「え?」

「兄貴ならそう言う所だね」



ふふふと笑いながら、座り込んだ私の頭を手つき台にして立ち上がった麗花。


麗花の紅茶色の瞳を見ていたら、なんとなく昨日の玄を思い出して‥お腹がきゅぅぅんと苦しくなった。



「おら。早く入れ」



ケラケラと笑ってるおやじは、私たちを準備室に入れると、

私にはパソコンを
麗花には文房具を渡した。



「銀崎は打ち込み、紅澤はコピーとホチキスと仕分けと、あと各クラスの人数分に束ねておいてくれ」

「「はいー!?」」



明らかに多い仕事の量に、かなりの不満を漏らしながらも‥

このおやじが気を使ってることが分かる。


まぁ麗花はとばっちりだけど。



「別に麗花ん家に行くから良いのに‥」



生徒会の仕事も部活も出来ない今、何もすることのない私は家に帰るしか選択肢がない訳でーー‥



「“俺が”手伝って欲しいのっ」



そう言ったおやじは、灰色の椅子にドカッと偉そうに座り、ポケットから煙草を出した。



「煙草は吸わないでっ」



麗花が怒ったように低く注意すると、大抵の人なら硬直するんだけど‥

このおやじは違う。



「あれ?まだ引きずってんのか紅澤よ」



このおちゃらけおやじ‥。私たちを産まれた時から知ってるだけあって、麗花のオーラにまったく臆しない。

しかも、禁断の傷口に塩をぬるという恐ろしい事までやってのけた。


ケタケタと笑うおちゃらけおやじに対し、麗花のオーラがだんだんとどす黒くなってゆく。



「れ、麗花?落ち着きなって。あんなやつ思い出すだけで酸素がもったいないよ」



麗花はおやじの煙草を睨んだまま。

おやじは楽しそうに麗花を見たまま。


はぁ。とため息をつきながらも、このいつも通りのやりとりを見てると落ち着く私がいる。

平和‥だよね?


『待ってるから』


その声が頭の中をぐるぐると回っていたけれど。

そんなこと考えさせないくらいの仕事の量だし。この空間‥とてもとても愛おしく思う。