翌日。


「あ、おはよう兄さん」


にこやかに挨拶をしてくれたのは、僕の可愛い弟。


「俺の荷物もう積み終わっちゃうよー?兄さんも早くしてねっ」


吹き抜けの階段の下でむくれている千秋。

僕は、言わなければならない。いや‥言うなら、今しかないんだ。


「千秋」

「何?兄さん」


大きな紺色の瞳が上を向き、僕を映す。


「僕は‥」


強い朝陽が上から射し込んで、僕と千秋の間を隔てた。

ごめんね、千秋。

一緒に居るって、どこにも行かないって約束したけどーー‥

僕は拳をぎゅっと握り、息を大きく吸い込んだ。



「僕は、父さんの元に残るよ」




すると千秋は、まるでその言葉を予想していたかのように飄々としていた。


「‥そう」


そのひと言と同時に顔を伏せ、長い前髪で表情が見えなくなる。


「‥なら、一緒だ」


千秋のものとは思えないくらいの低い声。


「ははっ。一緒じゃん」

「ちあ‥」

「俺の名前を気安く呼ぶなっ!」


再び顔を見せた千秋のその瞳は、強く、鋭く、憎しみに満ち溢れていた。


「同じだっ!お前も俺を切り捨てた!!」


ズキンと鳴る胸。


「たった‥たった2人だけの家族だと思ってた俺が馬鹿だったよっ」


朝陽はだんだんと階段を登ってくる。


「どうせお前も俺を見てないんだっ。あいつと同じじゃないかっ!!

俺を‥俺を見てくれるのは母さんと‥」


そして、完全に影になってしまった千秋。


「蒼さんだけだーー‥」


影に光る大きな紺色の瞳は、僕を睨みつけているのがよく分かる。


「千秋‥」

「呼ぶなって言っただろっ!お前なんか、もう今日から兄さんなんかじゃないっ!!」

「千秋っ!」

「呼ぶなっ裏切り者!!」






ウラギリモノ……


その言葉はとても重く、とても苦しかった。

僕は声を出すことが出来ず、千秋の出発を見送ることも出来なかった。


もちろん、

弁解をすることも、父と母、両方の気持ちを伝えることも、

『また一緒に暮らすことが出来る日まで待ってるよ』って。

そう、言ってやることすら出来なかったんだ。





「姫衣、そこに居るね?」

「‥うん」


泣きはしない。
堪えてるワケでもない。

ただ、出てこないだけ。


だって、僕が泣くなんてーー‥間違ってるだろ?