銀色の狼は、黒い猫に

恋をした。


それは、

とてもとても、深い愛。



ーーーーー‥



お父さんはいつだって冷静で、いつだって取り乱すことはない。

すごい、と思う。

同時に、非情だな‥とも思う。


お母さんが目を醒まさない今、何故お父さんがこんな所に?



「あいつなら大丈夫だ。すぐに目を醒ます」



なんの根拠があって、そんな事を言えるんだろう。不思議でならなかった。

蒼い瞳が、真っ直ぐに私を見ながら近づいてくる。


私の前に立ったお父さんは、やっぱり誰よりも大きくて。

私をすっぽりとその影で覆う。

昔から大きな人だなぁって見てたんだ。

鴨居とかくぐるし。



「何だ?」

「別に‥」



会話が続かない。

そういえば、お父さんと話をしたことなんて、ないな。



「このベンチ、まだあったんだな」

「え?」



お父さんは、私が座っているこの赤いベンチを眺めてた。

その目は、懐かしそうに、愛おしそうに、そして‥哀しそうもに見える。



「これお父さんの時代からあったの?」

「あぁ。昔は屋上にあったんだ」



昔は入れたっていう、屋上。今は安全面の理由から、閉鎖されてしまって、立ち入ることができないんだ。



「俺たちは、この赤いベンチに座りながら、この学校の屋上で、一生一緒に居ることを誓ったんだ」


私の隣に座ったお父さん。

初めて聞く‥



「今も、それは変わらない」



お父さんの、お母さんへのーー‥



「愛してる」



深い、深い、愛。



お父さんの低い声が、掠れて揺れている。


前屈みになって、膝に肘をついて、その大きな手で顔を覆ったお父さん。

大きな大きなその体。

少しだけ、ほんの少しだけ、震えてた。


ーー‥泣いてるの?


初めて見せた弱さ。

この人は、とても不器用な人なんだ。

言葉の数が少ないのは、その所為だ。

だからいつもぶっきらぼうに見えて、その瞳で射抜くようにしか語れなくて‥


責めてるわけじゃないんだ。ちゃんと、会話をしようとしてたんだ。


今になって、解った気がする。

お父さんは、不器用な人なんだ。


震えるその大きな背中に、そっと触れる。

同じ色の蒼い瞳。

2人のそれから流れる水は、黒い猫へと届くだろうか?



お母さんーー‥