恐ろしい程の凪だった、ココロの闇の奥深く。

紺色の光が、波紋を描いてワタシを呼び寄せる。

待って、行かないで。


背中から遠く離れてゆく声を追いかけるように、バッと後ろを振り向いた。



「いない‥」



誰も、いない。

ーー‥夢?


膝の上には、キレイな包装紙に包まれた箱。

これ、何?


ここは‥?


辺りを見回せば、衣替えを始めた木々。

花壇には秋を知らせる花々。

‥赤い、ベンチ。

乾いた風が、肌に当たっては通り過ぎて、軽装な身体の温度を奪う。


ここは、学校の中庭だ。私、何でここに?

少し、頭がぼーっとする。


見上げれば、木の葉の天蓋から零れる月の光。

もうすぐ満月になるであろう、よく太った上弦の月が、ふわふわした白い雲からチラリ、チラリと見えていた。


‥ふわふわした、白い、雲ーー‥?



「お母さんっ!!」



覚醒していく意識。

ここ何日かの記憶が、一気に脳に入ってきて、身体がだんだんと震えてく。


足を三角に折って、ぎゅっと小さくなる。


こんな所でこんな事してたって、何も先には進まない。

解ってる。


でも、でも、



「おかあ‥さんっ」



お母さんの所へ行く勇気がないの。

お母さんは、私を選んで良かったって言ってくれた。ありがとうって。大好きだって。



だからこそ、恐いの。



また、その可愛らしい笑顔を向けて、そう言ってくれる?

その綺麗な声で、“心”って呼んでくれる?



眠っているお母さんなんて、見たくない。

もう目を醒まさないかも‥なんて、聞きたくない。


大好きなの。

大好きなの。



「お母さんーー‥」



さわさわカラカラと鳴いている、乾いた葉っぱの音。



「心」



それに乗せて聞こえたのは、低く低く空気に響く、落ち着いた声だった。

膝に埋めた顔を、音のした方へと上げると‥



「泣いてるのか?」



私と同じ蒼い瞳が、私を優しく見ていたんだ。


月と同じ、銀色の髪。
狼みたいに大きな体。


私の、お父さん。