ワタシ、下弦の月ってキライなの。




ーーーーー‥




音がこの場から遠ざかって

手足が冷たくなって

頭が働かなくて


ただ、突っ立っていた。



時は進んでいるのに
ーー‥止まってる。



もう見たくないって、目を塞いで

もう聞きたくないって、耳を遠ざけて

此処に居たくないって

どうせまた繰り返すんでしょう?って思ってる。

そんな風に、この状況をまるで魂が浮遊したように冷静に眺めている私がいる。



縛り付ける過去は、私が進むことを許してはくれない。



「‥んーー‥し、ん」



苦しそうに叫び悶える声の中で、微かに聞こえたのは、私の‥名前?



「し、ん‥心っ!!」



確かに聞こえた私の名前に、びくりと反応する。

息が‥うまくできなくて。


優花さんと麗花が私を呼んで、来いって言ってるけれど、私のこの足は動こうとしない。



その時、月と同じ色の髪がふっと上がり、

私と同じ蒼い瞳が、優しく微笑んだ。



「心、おいで」



低く響く優しいその声は、まるで魔法だった。

魔法にかかった足は、ゆっくりと時間を進む。



「おかあ‥さんっ」

「し‥んっ」

「なに?なにっ?」

「御守り‥をっ‥」

「え?」

「持って、きて‥」

「御守り?御守りねっ!?」

「お父、さんの‥書斎、にーー‥」

「分かった!持ってくる!持ってくるよっ!」



するとお母さんは、私の頭を胸に押し付けて、髪を撫でた。



「17‥さい、だもん‥ねっ‥お願い、ね?」



苦しむお母さん。
それでも、笑ってた。


ーー‥笑ってたの。



立ち上がろうとしたその時、耳元でリリンって鈴の音が聞こえた。



「書斎の鍵だ」



渡されたのは、黒い猫とピンクの鈴が付いた鍵。


「お母さんは大丈夫だ」



微笑みながらそう言ったお父さんは、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


私は、お父さんに向かって大きく頷くと、その場を後にした。



走って走って走って走って走って



広い庭も、学校も、救急車のサイレンも通り過ぎ、やっと着いた花のアーチ。


中に入り、書斎を黒い猫とピンクの鈴で開ける。



その瞬間‥私は固まった。

初めて入るこの部屋。




本の‥山ーー‥。


どこ?どこっ?どこ!?

御守りって、何っ!?