あれは、雪の日だった。


屋根や木々が薄く化粧をしていた、そんな綺麗な日。



「お父さんは、帰って来ないの?」



まだ小さかった私は、お父さんが大好きで。



「今日は、帰って来られないんだって」



優しくそう教えてくれたお母さん。

ふわふわで猫みたいなお母さんの髪の毛は、今よりちょっとだけ、短い。


穏やかに流れていた時。
穏やかなココロ。


でも


崩れるのは、とても簡単でーー‥




ガッシャーンッッ!!



「お母さんっ!!」



夕飯用に並べてあった皿をなぎはらうように倒れたお母さん。


叫びながら異常に苦しがるお母さんを前に、私はどうして良いのかわからなくって。



「お母さんっお母さんっお母さんっ!!」



私は、ただただ名前を呼ぶことしかできなくて。
更に激しさを増して、その可愛らしい顔をぐちゃぐちゃにしながら苦しむお母さんを、見てることしかできなかった。


でもーー‥




「し‥んっ」

「なに?なにっ!?」

「いち、いち‥きゅう」
「えっ!?」

「おで‥んわ。できる‥ね?」



苦しそうな息づかい。
それでも……笑ってた。



「119?119ね?できるよっ!待ってて!!」



するとお母さんは、私の頭を胸に押し付けて、髪を撫でた。



「も、う‥年長、さん‥だもんね。お願いっね、心‥」



椅子に乗って、電話をかけた。でも、住所なんていえなくてーー‥



『お嬢ちゃん、落ち着いて。お名前、言えるかな?』

「ぎんざき、しん‥っ」
『しんちゃん?お家の近くに、何があるかな?』

「ひっく‥くろと、と、れいか‥んち‥っく」

『くろととれいか?』

「‥っあかざわさんち」

『あかざわ?ーーおぃ!紅澤邸近辺の銀崎家だっ』



おじさんの声が遠くなって、気がついたら、救急車のサイレンが聞こえたの。


その後、玄関を開けたところから、ひんやりと冷たい静かな廊下に、お父さんの走ってくる音が聞こえるまで‥私の記憶はない。




この時も

次のあの時も



お母さんの苦しむ姿を見ていたのは‥私だけ。




私だけなの。



同じ‥同じなの‥っ



また、繰り返すの?




『あの時、母体を優先していれば、2人も亡くさずに済んだのにねぇ』




また、繰り返す、の‥?