「何々ー? 何の話してるん?」
「岡田、」
俺の後ろから覗き込むようにして、学級委員である岡田が首を出してきた。興味津々なその目に、その顔は他人の不幸は蜜の味という言葉を具現化したようだった…ひどい学級委員だ。
「あれだよ、椎名のB組の愛沢さんとのラブラブメモリアル」
まったくもって違う。
否定の意を込めて山瀬の足を机の下で蹴ったが、痛がるそぶりは見せなかった。
「あぁ、あのかわいい子。かわいくて、一途な子ね」
「一途すぎるけど…」
「さっきから教室の前にいるわよ」
「何だと!?」
バッ!、と振り返ると、確かにそこにはお弁当袋を両手で抱え持つ愛沢が立っていた。俺が気づくと、花が咲いたように表情を明るくさせる。「多架斗くーんっ!」と右手を大きく振り上げる姿はかわいかった。
…かわいいのだけれども。
「きちゃった!」
「………」
確信犯だ。
きちゃったとかそういうレベルじゃない。
「…山瀬、俺行くわ」
「おー、お幸せに」
「殺すぞ」
山瀬の冷やかしに俺は冷たく言い放つと、即座に教室を飛び出した。購買に行ってパンを買うのが通常なのだが、愛沢と一緒では単なる追いかけっこで終わってしまう。そして俺は今日も逃げつつ購買へと走るのだ。
「多架斗くんどこ行くのっ? ほらお弁当持ってきたんだよ! 一緒に食べよう! あーんしちゃったり…きゃ! 私ったら大胆!」
「いらないいらないいらないいらない…!」
「そんなにお金はかけてないから遠慮しないで! 薬だって何も盛ってないもん! 私の愛情は入ってるけど…やだっ、言っちゃったー!」
「食わない食わない食わない食わない…!」
薬入れるつもりだったのか…?
「ふふっ、今日こそは二人っきりになるんだから! 場所だってちゃーんとセッティングしたんだよ? ほらっ、屋上にご到着でーす!」
「…はっ?」
―――あれ? 俺購買に向かってたはずなのになんで目の前に屋上の扉が…。
後ろでまったく息を切らしていない愛沢を見ると、やつは不適な笑みを見せた。
「うふふっ、多架斗くんの逃亡パターンはコンプしたんだよっ!」
「………」
…嵌められた。誘導してやがった。
というか俺、何で階段上がってるんだよ。購買に行くなら階段降りるしかないだろ。馬鹿だ。致命的に馬鹿だ。馬鹿すぎる。