「お前アホか!俺が言ったこと聞こえてなかったのかよ。このカードはレアもんなんだぞ」
「黙れ。俺はカードゲームのことはわかんねえよ」
男の子の言い合い。自習中にしては大きな声が聞こえた。その声は私の前の席からだった。
「前の人騒がしいわね」
憂が表情筋を緩めながら私へ言う。少し気になり前を向きなおす。
そこには1枚のカードをすごく大切そうに握って、少し瞳を潤ませている男の子が1人。
それを呆れながら見ている男の子が1人。
なんだかすごく笑みがこぼれてしまいそうな光景だった。私はもう後ろへ向きを変える。
「楽しそうですね」
そう憂に向かって言葉を発する。
「楽しそうっていうか、可哀想んじゃない?」
憂は軽く笑いながらカードを握っている男の子を見ながら言う。
もちろんその声は本人へ届いていたようで、“俺は可哀想なんかじゃねえよ”と元気な返事。
「あっそ。失礼しました」
「佐々木、何気に笑ってんじゃねーぞ」
憂とカードを握る男の子との言い合いが始まった。間に私ともう一人の男の子を挟みながら。ここで言い合うのは勘弁してくれ。
そう思いながらも止めには入らずにおとなしく言葉の投げ合いが終わるのを待つ。ここでの私はすぐに突っかかったりしない。我慢強いのだ。
そして、私の前の席の男の子ももちろん止めようとはせず、なぜ楽しそうに見ている。
とまあ、いろいろ考えてはいるのだが、男の子たちの名前がわからない。
「あの、憂」
「どうした?」
言葉の投げ合いは一旦終了したようだった。
「この男の子の名前って」
「あんた、覚えてないの?」
覚えなくてもいいかと思っていたんだ。話す機会なんてないと思って。
「カード握ってる奴が谷口和十。んで舞莉の前の席の奴が佐伯稜牙。わかった?さすがに前の席の佐伯くらいは覚えててよ」
「ありがとう。谷口さんと佐伯さんですね」
「桜沢、俺は和十でいいぞ。ついでにこいつも稜牙でいいし」
「んでお前が決めんだよ、別にいいけど」
谷口和十(たにぐちかずと)
高校2年
佐伯稜牙(さえきりょうが)
高校2年
呼び捨てでいいのか。学校で男の子と関わるのはほとんどないからなあ。
「わかりました」
「初めて男子と話したね」
「はい」
私は高校に入って初めて男の子と雑談をした。基本的に話をしない、委員会等の必要最低限は話すことはあっても今回のような雑談は初めてだ。
男の子と話をするのはなるべく避けたい。いろいろとボロが出てしまうような気がするから。思い出してしまうから。