幸せという病気

いつもはしない話を、母の命日ということもあってか、祖母は聞きにくそうな顔で武に夢について聞いてみた。


「そうもいかないじゃん、この煮物濃いな・・・」


何も気にしていないように、平然と武は答える。


「そうかい?・・・」


少し祖母の顔が暗くなると、武はふいに真剣な顔をして祖母に聞き返した。


「どっちのそうかい?今の。煮物か歌手の事か」


視線を下にやり、武は祖母に言葉だけで会話をする。


「両方だよ・・・」


そして小さな声で、武の言葉に寂しそうに祖母は答えた。


武は中学の頃から歌手の夢があった。


そして母親の死から五年、武は夢を押し殺して過ごしていた。

そんな兄を心配するかのように、今度は遥が話し始める。


「お兄ちゃん、もうやめちゃったの?ギターも触らないし、夢だったんじゃ・・・」


「やめた、やめないじゃない。やれるか、やれないかだろ」


遥の言葉にかぶせて、すでに覚悟を決めているかのように武は気丈に答えた。

遥はそんな兄の言葉に返す言葉が見つからない。

そんな悲し気な顔の遥を見て、香樹が小さな手で遥の左手を握ってきた。


母親の死から高校をやめて働き、遥と香樹を学校へ通わせながら、武は生活ギリギリの家庭に給料の全てを入れていた。

両親がいなくなり、家族が生活をしていくには夢と現実の選択の余地もなかった。

当時高校生の武にとって、自分の夢を捨てざるを得ない状況はそうとう苦しいものだっただろう。

武はあの時から五年間、生活の為の同じ月日を過ごし、今日という日もまた、同じように終わらせた。




その翌日―――。