「もっとも・・・何が善で、何が悪かもわからない世界だ・・・私は運命なんてものは信じちゃいないが・・・だからこそ枠組みが必要だ。この世界が最低限、その枠の外側、内側を守れというのなら、私はこの組の全てを守るという事になる・・・そしてそれが伊崎にとって家族であっただけの事。人間の生き様なんて、本当は簡単で単純なものだ・・・知っていたんでしょう・・・色の無い世界の素晴らしさを・・・伊崎も先生と呼ばれる男だからな。そして幸せとは単なる原動力だ・・・人の生きる術の一つに過ぎない。その原動力で駆け抜けた人間は、いずれ真実にぶち当たる。そこにはおそらく、善も悪も無いのではないか・・・削って残るものは命のみだ」

「ふふっ・・・今、伊崎の息子がその真実にぶち当たってる所だよ」

「武君・・・だったか」

「そう・・・伊崎武だ。あいつを見ていると、その真実というのが見えてくる・・・おそらく・・・幸せ病っていう善悪の中枢も見えてきたんじゃないか?」

「だとしたら・・・その命をどうするかだ」

「あいつは親父さんと一緒だよ」

「一緒?」

「大事なモノを失くしかけたら・・・全く同じ事をする」

「自分を犠牲にするという事か・・・」

「いや・・・あいつは犠牲などとは思っていないはずだ。そこが・・・幸せ病を倒す必殺技なのかもしれん」

そして男はそれを聞くと、座って墓に手を併せた。

「兵藤の・・・親友だそうじゃないか。その、武君」

「あぁ・・・あんたが手を併せに来ても・・・兵藤は喜ばねぇよ?」

「喜んで欲しいなんて思っちゃいない。あくまでもあいつは自分の意思で死んだんだ。私たちの仕事は・・・綺麗事では無い」

「なに、警察官も一緒さ」



そう言うと茂は、トボトボと歩き、家へ帰る。

背負った人生の重みで、その両足をキシキシと痛めながら・・・。