「それより・・・兄ちゃんは気付いてるか?」


「何をですか?」


「・・・いや、なんでもない」


「なんなんですか」



茂のもったいぶった態度に武が聞き返すと、茂はゆっくりと話し出した。




「・・・人間腐っていた方が生き延びられるのかもしれんなぁ」




「・・・何言ってんすか」




よくわからないが、武は興味を示した。


それを察した茂は続ける。




「幸せってのを感じとることが出来ない世の中だろう。今に・・・人間がほとんど死んでしまうような・・・いずれとんでもないことが起きる気がしてな」


「・・・戦争ですか?」


「いや・・・ほとんどの人間はワシも含めてだが、人間本来の幸せを勘違いしてしまっていないか。正直者は馬鹿を見るだの、そんな言葉が当たり前に人々の脳裏に植え付けられているようじゃ終わりだな・・・。素直に、懸命に生きていく事が馬鹿馬鹿しく思えて、自分の押し付けな感情で人を傷つけ、自分の利益ばかりを求める。人間がいずれ、当たり前に幸せを感じ、気付く事が出来れば別だが・・・そのうち神様が人間のそんな精神へ戦争を仕掛けてくるんじゃないかと思ってな。もっとも兄ちゃんは今言ったような奴ではないと思うが・・・」



武は少しほくそ笑みながら、それに答える。



「刑事さん・・・なんか宗教者みたいじゃん。なんでそんな事俺に話したか知らねぇけど、そんな話は面倒臭いって思われるからよした方がいいよ?」




武はそれ以上、壁を突き破ってほしくなかった。


次に発する茂の言葉が何故か恐く感じていた。


茂は自分を誘おうとしている。


宗教だのそんなことではない。



何か、形には見えない恐ろしさを自分にも植え付けようとしている。








直感だった。







武は今の言葉でバリアを張ったつもりだった。

しかし茂には、二十二歳の若ゾウの薄い壁など通用しない。


そして茂は続ける。