「川崎さまはその、噂はご存知ですか?」
「カガリで良いよ。噂は、ごめん。聞いたこと無い」
俺が正直に答えると、彼女はおずおずと語り始めた。
ああ、その語る姿が美しく可憐だったというのは言うまでもなく、時々恐いのか肩を震わせながら語る姿はまさしく、狼という名の恐怖に怯える兎のようで庇護欲をそそる。
まあ、別に期待はして無いよ。
こんな可憐な彼女が、ちょっと優しくしてるだけの俺を好きになるなんてさ。
それに、もう、俺に好きになることはできないから。
「カガリさま? カガリ、さま?」
自分の世界に沈みかけていると、彼女が心配そうに眉を下げて俺を覗き込んでいた。
整った顔があまりに近く、少し、唾を飲み込んだ。
「ああ、ごめんごめん。考え事してたよ。つまり、髪が長い子は人か否かを問わず、さらわれていて。君は、ギリギリ逃げおおせた……ってことだろ?」
「そうです。偶然、鍵が開いていて……ありがとうございます。助かりました」
「いや、俺は何もしてないし」
本当に何もしてないよ。
多分、鍵開いてたのは母親がうっかりしてただけなんだから。


