無理やり、引きずりだされようとする自らの魔力を必死の思いで引きとどめる。
 と、ふいに触手のうごめきが変わった。
 容赦なく締めつけていた力がゆるみ、まるで赤子を揺するようにやさしく彼女を揺さぶった。
 どこか遠くで歌声が聞こえる。
 潮騒のように懐かしい子守歌。

  おねむり、愛し子よ
  銀の月に帆をかけて
  夢の海に旅立つの

 とつぜん、歌の主の緑の瞳に出会った。メディア自身によく似た瞳。そして、豊かに波打つ燃えるような赤い髪。

(かあさん? こんな馬鹿な! これは幻覚だわ)

 理性ではわかっていても、メディアはその人から目をそらすことが出来ない。

『おいで、もう怖いことはなにもないのよ。かあさんが護ってあげるから』

 その人は彼女を迎え入れようとするように両の腕をひろげた。優しげな微笑が口元にうかんだ。

(ちがう、かあさん、じゃない。あの人はこんなに優しくない。)

 自分勝手で気まぐれで娘のことなど、気にもかけない母親だった。
 いつもいつもいつも甘えたくても、決して甘えさせてくれたことなどない。

 ただ冷たい拒絶があるばかり。

 オマエナンテ シラナイ。
 ソバニ ヨラナイデヨ ウットウシイ。

 嫌いだった。
 大嫌いだった。
 だけど、ちがう。
 それだけじゃない。
 憧れていたのだ。
 
 アタイハ ダレニモ ソクバクナンテ サレナイ
 スキナモノハ スキナノサ

 風のようにかろやかで、炎のようにはげしいあの人に。
 振りむいて欲しかったのだ。

『おいで』  

 その人がいまはじめて彼女を迎え入れようとする。
 抗いたがった。

 それは幼き日から、彼女が母親に求めて得られなかった優しさであったから。

 引き込まれるように一歩を踏み出そうとした。

 その瞬間、声が響いた。