「悪いな、驚かせて」
あたしが混乱しているのが分かったみたいで、苦笑いを浮かべて話す。
ということはまさかーーーー?!
その言葉を聞き、ドキドキしながら期待に胸が高鳴る。
「俺が、聴きたかったから聴いた。無理はしてないし、俺自身が望んだことなんだ」
ふわっと、優しく微笑む表情を見て思わず。
「お、おい!」
思いっきり頬をつねってしまった。その痛みに耐えながら、もう一度橘 奏を見つめる。
「あはは……痛いから、夢じゃないんだね、本当に夢じゃないんだね」
その痛みが証拠となり、やっと現実を受け入れられた。歌を憎んでいる橘 奏が、そんな事をするとは思ってもみなかったから、ついあんな行動をしてしまった。
「ああ。これは、夢じゃない。今まで、悪かった」
真っ直ぐな瞳で、あたしの瞳を見つめながらゆっくりと話す。その言葉を聞いて、喉と心臓がきゅうとなった。
「おい!大丈夫か?!」
橘 奏の慌てた声を聞いて、頬が濡れている事に気がつく。目から涙が次々と溢れ出てきた。だけどこの涙は、悲しくて泣いてるわけじゃなくて、凄く嬉しくて泣いている。
歌を憎んでいる橘 奏が、自ら歌を聴いてくれた。自ら望んでくれた。ほんの少しだけでも、歌に対する憎しみが減ったのかな。
歌を聴いても、あの日の事を思い出さなくなったのかな。また、歌いたいって思ってくれたのかな。
自分に都合のいい考えが、頭の中を駆け巡る。
「俺のせいで……」
「ううん。大丈夫。つい嬉しくて、涙が出てきちゃって」
あたしが泣いたせいで、不安になっている橘 奏の誤解を解くために、涙を拭き取り顔を見上げる。そして言葉を伝える。
「歌を聴いてくれて、ありがとう!」
なんで、ありがとうって言ったのかは分からなかったけど言いたかった。そう伝えたかった。
あたしの言葉を聞いて驚いていた橘 奏だけど、優しく微笑む表情へと変わり、またあたしの頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
「ありがとう言うのは、俺の方だ。高橋のお陰で、歌を聴くことが出来た。だから、俺なりにいろいろと頑張ってみようと思うんだ」
そう言って笑った橘 奏の笑顔が、とても眩しくて凜としていて格好良かった。
「ねえ、ねぇ、あの子達なんか可愛いわね」
「店の中で、頭を撫でるとは相当のバカップルね。でも、そういうのもされてみたい~~!」
突然、そんな会話が聞こえて来た。慌てて、声が聞こえる方に振り向くと、20代ぐらいの女性がこちらを見て、何故かキャキャとはしゃいでいた。
まさか、さっきの見られてたの?!
急に恥ずかしくなって、助けを求めるように橘 奏を呼ぼうとしたら、何故か橘 奏の耳が真っ赤になっていて、右手で顔を覆い隠していた。
もしかして、橘 奏も恥ずかしいのかな。その仕草が可愛くて、トクンと心臓が跳ねる。
「と、とりあえず、外に出るぞ」
橘 奏はあたしの顔を見ずに、ぎこちなくあたしの手首を掴んで出口に向かう。
あたしは、さっきの言葉を考えながら、橘 奏の大きな背中を見つめた。

