君に幸せの唄を奏でよう。




「あのね……。皆に、あの事を話そうと思うんだ」


少し声が震えていたけど、伝えたいことを話した。話を聞いた橘 奏は、豆鉄砲にでも喰らった様な表情をする。


無理もないわよね。誰にも言わないと言ってたあたしが、皆に話すって言い出したんだから……。


「本当は、今すぐにでも話したい。だけど、文化祭でするライブの邪魔をしたくないから、それが終わってから話そうと思うの。それに、もう逃げたくないから」


本当は話すのが怖い。このまま黙っていたい。だけど、橘 奏の前で流した涙を忘れない為にも、これ以上は逃げないって決めた。


その決意を忘れないように、膝の上でギュッと拳を握りしめた。すると橘 奏は、また優しく頭を撫でてくれた。


「そうか。お前なら大丈夫だ。また何かあったら、話しを聞いてやるから」


「ありがとう」


その言葉と共に、優しく撫で続けてくれる大きな手が温かくて嬉しい。だけど橘 奏は、何処か寂しそうな瞳であたしを見つめていた。


「……お前は凄いな」


「え?」


「……いや。なんでもない。飲み終わったし、何処かに行くか」


確かに、橘 奏がボソボソと何かを呟いた。聞こえ無かったから聞き返そうとしたけど、そこで話が終わってしまった。


本当は気になるけど、橘 奏が言いたくないから別にいい。話してくれるのを待とう。


深く考えるのを止めて、橘 奏の後を追いかける。次に何処に行こうかと相談した結果、本屋に行くことにした。


ボーリングセンターから出た途端、冷たかった空気が生温い空気へと変わり、熱い日差しがあたし達を照らす。


肌を焼く熱い日差しの下の中、特に会話も無くお互いに無言で本屋へと向かう。


どうしよ……!何か、話題を出さないと!


「ねぇ、橘 奏って何処の大学なの?」


今思えば、橘 奏が何処の大学なのか知らなかった。改めて聞くのは、変な感じ。だけど、今頭の中で思いついたのはそれだけ。


「高橋には、言ってなかったな。稿仙(こうせん)教育大学だ」


「えぇ?!稿仙って、あの稿仙教育大学?!」


あたしが大声で叫んだから、周りに居る人達がこちらに振り向く。他の人の迷惑になるのは分かっていたけど、叫ばざるにはいれなかった。


稿仙教育大学は、全国でも難問大学としてトップ10に入っている。毎年競争率が高くて、なかなか入ることが出来ない。特に、あたし達の県では、偏差値の高い高校は稿仙を目標に受験対策が行われている。


「凄いわ!じゃあ、宮木さんも草野さんも一緒なの?」


「ああ。大学も一緒だけど、俺と同じ教育学科なんだ」


「教育学科って事は、学校の先生になれるの?」


「ああ。その為にも、きちんと講義を受けて資格をもらわないとな」


真っ直ぐな瞳で、将来の事を話す橘 奏の姿はとてもカッコイイ。


学校の先生とか凄く似合いそう。それにしても凄いな、将来の事も考えていて。だけど、将来の夢が音楽とは関係ないのが少し寂しく感じた。でも、橘 奏が決めたんだから応援したい。


教育学科では、どんな事をしているのか興味が湧いて質問をしようとしたら、


「きゃっ」


突然、ぐいっと左肩を掴まれ橘 奏の方へ引き寄せられた。唐突な出来事に、何が起きたのか分からなくて、一瞬だけ呼吸が止まった。左肩を掴んでいる橘 奏の手が熱くて、ドキドキする。でも、ドキドキしてるのがバレるっと思って、恥ずかしくて下に俯く。


そんな事をしていたら、後ろから1台の自転車が、あたし達の横を物凄い速さで通り過ぎて行った。


「大丈夫か?」


「う、うん。大丈夫。ありがとう」


後ろから、自転車が来てるなんて気がつかなかった。もし、橘 奏が気付いてなかったら事故に遭っていた。


ふと顔を見上げた時、橘 奏が着ている五分丈の半袖の裾から覗く右腕が目に入った。少しこんがりと焼けている肌に、一本の短い線が入っていて、その上を縫った後が痛々しく残って居た。


「……痛かったよね」


傷の上を、右手で優しく触れる。この傷は、ナンパ男が持っていたナイフからあたしを庇ったせいで怪我をした。


「本当にごめんなさい」


橘 奏は、抜粋して平気だって言ったけど、絶対に痛かったと思う。すこし、傷が薄くなっていて治ってきてるのかもしれない。だけど、未だに痛々しく残って居る傷を見て、胸が苦しくなる。


「わっ!」


突然、視界が暗くなって思わず声を上げてしまった。原因は、橘 奏があたしの帽子を深く被らせた。慌てて帽子を元に戻すと、橘 奏と目があう。


「俺が、大丈夫って言ってるんだから気にするな」


あたしを気遣うように、優しい声で話す。そのまま、立ち止まっているあたしに構わず、3歩前に出てくるっとこっちに振り向いた。


「何やってるんだ?本屋に行くんだろ?」


何事も無かったかのように、接してくれる。橘 奏の優しさに、目頭が熱くなった。


せっかく、橘 奏が普通に接してくれてるんだから応えないと。だけど、あたしのしたことは忘れちゃダメ。今さら、身代わりにもなれない。だからこそ、あたしに出来ることを精一杯やらなきゃ。


「うん!」


力強く頷いて、橘 奏の後を追いかける。