「でも、ひとつだけ言っておくわッ」

どうしても、譲れない想いがある。だから、あたしは引き下がらない。

「歌はね、知らない誰かを幸せにできる魔法なのよ!」

男は、瞳を大きく見開いて驚いた表情をする。でも、しばらくしてから。

「歌が、知らない誰かを幸せにできる魔法だと……?ハハハハッ!!」

あたしの言葉を繰り返した直後、突然男が笑いだす。さっきとは、雰囲気がガラっと変わって怖くなって背筋がゾクッとする。

「幸せの魔法ねぇ……。その歳で、まだ信じてるわけ?」

男は、ギロリときつくあたしを睨みながら言う。馬鹿にされているのが、悔しくて唇を噛み締めた。

「……て…悪い…のよ」
「なに?」
「信じてなにが悪いのよ!!」

許せなかった。お母さんの教えてくれた言葉の意味や思いを、知らない奴に好き勝手に否定されるのが悔しい。

「あたしの歌を聴いて、幸せになってくれる人がいる!」

拳を握りしめながら男に言った。

「それをあんたに、どうこう言われる筋合いはないわッ!」

全ての想いを言い終える。あまりにも、大きな声を出し過ぎたせいで息が切れる。

「……そうだな」

えっ?

何か言い返されると思ったのに、男はあたしの言葉を肯定した。またもや、男の態度が変わって、訳がわからなくなる。

すると男は、さっきのように睨んだり、淡々とした表情でもなく。

「だけど、歌が好きな奴もいれば……大ッ嫌いな奴もいるんだ」

あまりにも、哀しそうな表情をするから、なにも言えなくなった。

「……じゃあな、邪魔したな」

男はそう言い残して、土手の上に停めてあった自転車に乗る。そして、何処かへと去って行った。

今、起きた出来事が何なのかが分からなくなって、しばらく呆然とする。

「……なんなのよ。なにが言いたいのよ!ムカつくッ!」

ただ、男の行動に理解ができなかったのと、歌を否定された悔しい想いが入り交じって思わず叫んだ。

でも、これが皮肉にも“あいつ”との【出会い】であり【因縁】でもあった――――。