「小川が、間違えて教科書を持って行ってたんだ。ロッカーが前後だから間違えても仕方ないね」
浩ちゃんは、怒る素振りを見せることもなく穏やかに答えた。
「あるある。俺も佐々木のロッカーに間違えて教科書入れてたしな」
亮太は「俺もやっちゃうしな」と呟きながら、共感をしていた。
そんな2人のやりとりを見て、心の中でほっとする。
やっぱり、浩ちゃんに黙ってて良かった…。だって、佐藤先輩の目的が分からないのに、ここで浩ちゃんに伝えても混乱するだけ。それを防ぐために、同じクラスの2人が間違えて持っていったって事にしてもらった。
そのお陰で、浩ちゃんが不審に思うことはなく、気付かれずに済んだ。
「でも、見つかって良かったなぁ」
「…うん。見つかって良かったね!」
嘘をついているのが、バレない様に笑顔で言う。
とにかく、あたしなりに調べないと。それが分かってから、浩ちゃんに伝えよ。それと、亮太たちには悪いけど黙っておかないと。下手に巻き込みたくない。
だって、あたしが勝手に首を突っ込んだだけだから、巻き込む必要がない。だから、あたしが何とかしかいないと…!
そう考えていると、次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、現実に引き戻される。浩ちゃんは教室に戻り、あたし達のクラスは数学の授業が始まったけど、佐藤先輩の目的が何なのかを考える。
だけど、少ない手かがりで考えても、何も思いつかないし拉致があかない。とりあえず、落ち着いて一つずつ整理をしていく事にした。
佐藤先輩と言えば、サッカー部のエース。見た目は、爽やかでイケメン。おまけに、成績も優秀。男女問わず人気者で、先生達からも一目置かれている。それに、女子はファンクラブを作り佐藤先輩を見守っている。
しかも、佐藤先輩とは同じ委員会。佐藤先輩は、環境委員長をしていて、とても頼りになる。だから、完璧でいい人なんだなぁと思っていた。
だけどある日、沢山の人に囲まれている佐藤先輩を見かけた時に違和感を感じた。周りの人達と楽しく笑っているのに、どこか冷たく作り笑いをしているように見えた。
疑問に思い、しばらく観察をした。すると、一瞬だけど、冷たくて人を見下している瞳をしていた。周りに居た友達に「何ぼーとしてるんだ?」と言われて、「なんでもない」と、また作り笑いをしてごまかした。
その光景を見て確信した。佐藤先輩は、“人から好かれる佐藤先輩を演じている”。つまり、周りに居る人達は佐藤先輩に騙されている。そして、あたしも騙されていた。佐藤先輩の裏の顔を見てしまったのを機に、佐藤先輩のことが苦手になった。

