訳の分からない…おかしな事を言い出した女は、聞いてもいないのに自分の事と今までの経緯を語り出した。
…聞いていないとまた怒られそうな気がしたため、本意ではなかったがザイは再び腰を下ろし、彼女の話に耳を傾けた。
「……家出よ。…ううん。…家出なんて、生易しいものじゃない。………あんな街…あんな家にはもう戻らない。一生戻らない。…ずっと思ってた。…決行すると決めたのは今朝」
教会からの帰路。帰りの時刻は薄暗い日暮れ時、馬車の手綱を握るのは耳の遠い老人。………この機を逃す訳にはいかない。
…あらかじめ荷物に紛れ込ませていた男物の衣服を、馬車の中で着替えた。最初に着ていた服は座席の下に押し込み、単調なリズムで続く馬の蹄と車輪の音に合わせて馬車から脱出する…手筈だった。
だが、そこを賊に襲われた。
既に着替えていた彼女は賊の目を盗み、動きやすい男装のお陰で馬車から直ぐさま出る事が出来た。
………何度も頭の中で想像し、繰り返した脱出。こんな恐ろしい、騒々しい形で叶ってしまった自由を求める故のささやかな夢。
何物も自分を縛らない自由の外の世界は、冷たい空気と純白の結晶に満ち溢れた広い空間だった。
…だが降り立った瞬間、自由の世界の何処に行けばいいのか…分からなくなった。
ここから先は、想像とは違う。
未知なる世界。自分の知らない世の中。
………自由を求めていたのに、自由を前にして、分からなくなった。
…その戸惑っていた一瞬に、賊の一人に見付かってしまった。
捕まえろ!…と、男の声が動けなかった彼女の背中を逆に押した。
道から外れ、無我夢中で森林の暗がりに飛び込んだ。


