…深い溜め息を吐き、ザイは我関せずと無視を決め込んだ。
冷たい空気に混じって他人の血の臭いが鼻を突く。生々しい、じとりとした異臭。
嗅ぎ慣れた臭いからも、悲鳴からも、全てに背を向けた。
「―――…このっ…待ちやがれ!」
…途端、頭上で男の大声が響いた。
怒気と焦燥の入れ混じった叫びは、直ぐさま吹雪に掻き消された。
賊らしき人間の声。………坂の下にいる自分の存在に気付かれたのか、と思い、ザイは剣の束に触れた。
頭上からは、真っ直ぐこちらに向かってくる人間の気配。
降りてきた所を、振り返り様に切り捨てようとザイは構えた。
何者かの歩みにより坂の上の積雪が崩れ、ボロボロと坂を転がり落ちていく小さな雪の塊。
近付く呼吸音。
乱れる空気の流れ。
迫ってくるのは、一人。
両足に体重をかけ、低く屈み込み…握り締めた剣を、僅かに鞘から抜いた。
風で乱れるフードと髪から、視界の悪い純白の世界にその鋭い眼光を覗かせる。
何物をも見逃さない獣の如き瞳は、瞬時にその標的を捉えた。
標的は、吹雪の中。
坂の上から身一つで、降りて…。
………否。落ちてきた。
何故か男の格好をした、小柄な小娘が。
「―――…うわっ…!?」
「………は…?」
受け身の取り方など全くもって知らないであろう、見事なまでの落下。
こちらに向かって真っ逆さまに落ちてきたその滑稽ぶりに、一瞬で気を削がれたザイは唖然とし……故に、やや反応が遅れた。
間抜けな事に、ザイは落ちてきた小柄な女にそのまま思い切り衝突された。
…後ろに倒れ込みそうだったが、地味な痛みを感じながらもザイはなんとかその女を片手で受け止めた。


