道から外れた脇の森林はいきなり急な坂になっていたが、ザイは転がり落ちる事も無く上手く滑り降り、坂の下方に降り立った。
………道の先から、馬車が近付いてくる音が聞こえたのだ。
馬車などという乗り物は、貴族階級しか乗ることの出来ない、車輪の付いた奇妙な物。
平民階級の街の民と出くわすならまだしも、貴族なんぞの雲の上の未知なる存在と遭遇など…御免である。
ただでさえ、あちらは狩人を嫌悪しているのだ。出来る限り…厄介事は避けたい。
歩きにくい雪路に逆戻りだが、背に腹は変えられない。再びフードを深く被り直し、ザイはそのまま坂の上の道を通って行く馬車の音を聞きながら前へと歩き出した。
道自体が、貴族と狩人の身分の差を明確に表しているように思えた。
生まれながらに高貴な者は、道を歩けばいい。
…私は、ここで充分だ。
積雪を進んで行く音さえも上品に聞こえてしまう馬車の過ぎ去る音は、次第に近くなり、そして前から後ろへと流れて行った。
回る車輪の単調なリズムが、遠ざかって行く。
どうにか関わらずに避けられたな…と、ザイは安堵にも似た深い息を吐いた。
…後ろから吹き付けてくる吹雪が、勢いを増した。
激しく靡くマントの端を掴んで押さえながら、何気なく振り返ったザイ。
その、耳に。
甲高い、馬の嘶きが響いた。
(―――…?)
馬の悲痛な叫びにザイは立ち止まり、反射的に剣を抜いた。
嘶きは、坂の上からだ。もしかしなくとも…今しがた自分が道を譲って避けた馬車だろう。
…馬が駆ける音に続き、今度は人の声が聞こえてきた。


