亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


…だが、一難去ってまた一難。

他のブロッディ達の殺気を煽ってしまったらしく、途端、四方八方から牙を剥き出しにした口が飛び掛かって来た。

高く跳躍したブロッディ達の影が頭上を覆い、雪雲の景色を塗り潰す。


一斉に集中し迫り来る野犬の敵意に、奥歯を噛み締めた。
前方から来るブロッディを薙ぎ払えれば、そこから転がり込んで逃げられるかもしれない。


長年の戦いで自然に脳裏に浮かぶ様になった、戦場でのシュミレーション。
その通りに動けば大丈夫だ。





どれくらいあるのか分からない己の力量を信じ、覆い被さってくる犬達を睨みながら剣を斜め上に向かって振り上げた。











(―――…っ…!?)







………途端、強烈な目眩が襲い掛かってきた。 なかなかパンチの効いたそれは、なんとか保っていた平衡感覚を無惨にも崩壊させた。




重心を、何処にかけているのか分からない。傾く身体。ズキリと痛むこめかみ。気持ちの悪い一瞬の浮遊間…。

遠退く意識の中…振り上げた剣に、手応えはあった。
ブロッディの足か腹を切り裂いたのかもしれない。
悲痛な鳴き声と共に、生暖かい粘り気のある返り血がベッタリと顔に降り懸かってきた。

…一匹は殺せたと、確信した。だが、もう駄目だ。傾く身体と地面の距離は急激に縮まっている。
こんな状態で逃げられる訳が無い。


顔面に雪の冷たさを感じた時、きっと自分は馬鹿みたいに倒れていて、きっと喰われる時だ。








ほら、きっと冷たいぞ。



数分後には自分も同じ温度になっている筈だ。

掛かった返り血がやけに温かく感じる。




ほら、また犬の血が掛かってきた。




気持ち悪いが、温かい。


雨の様に降ってくる。

雨の様に。



















………何で降ってくるんだ?