下手をすると、視界を過ぎっていく綿雪までもがブロッディに見えてしまう。
…殺りに来たというのにこれではこっちが…殺られる。
(………ここは一旦、退くしか…)
正直、無事に逃げる事さえ出来るか分からないが。
何処かに退路が無いかと、頭痛までしてきた頭を押さえて辺りを見回した。
徐々に近くなる唸り声の中。頼りはこの愛用の剣と、反射神経と、勘と、運…だけ。
こうしている間にも、気付かぬ内にブロッディがすぐ近くにまで来ているかもしれない。…退路は何処だ。
右か。左か。前か。はたまた後ろか。
退路は、何処だ。退路は…。
気持ちの悪い冷や汗を流し、もう一度注意深く辺りを見回そうとした、その途端。
―――…グッと、積雪を踏む足に力を込めて。
…真上へ、跳躍した。
自分が今まで立っていた足元の地面から、鋭利な口を開いた真っ白なブロッディが、飛び出してきた。
ああ、そうだった。
この野犬は地面を歩く以外にも地面を掘って狩りをするんだった。
ただでさえその白い身体は捉えにくいのに、真下から来られては手の打ちようが無いではないか。
「この…少しは、容赦、しろっ…!」
…無茶苦茶な事を叫びながら、勢いをそのままに真下から飛び掛かって来るブロッディに、思い切り蹴りを入れた。
苛立ちや殺意やらを含めた懇親の力の、狩人の蹴りである。自分で言うのも難だが、かなり重たい、威力は凄まじい蹴りだと思う。
…放った蹴りは頭部に当たっていた様で、だいぶ離れた場所に生えていた固い大木の幹に吹っ飛んだブロッディは、首が有り得ない方向に曲がっていた。


