歩く殺人鬼の次の獲物は、どうやら自分に向いたようだ。
正直な話、足が震えて竦んでしまうが…今は折れた肋や腕の痛みのせいか、恐怖さえも麻痺している。
…こんな人の皮を被った化け物に、武術を中途半端にかじったくらいの自分の力量で、勝てる筈が無い。
原形を止めないくらいにボロボロにされるのか。 それとも案外簡単に、一太刀で切り捨てるのか。
どちらか一方の運命が、物凄い剣幕でじりじりと近寄って来ているが。
「…どっちも、御免だ」
砂利と雪塗れのマントを翻し、無傷の腕を内に潜り込ませ…ハイネは………自分の武器である、鎚を取り出した。
バリアンの民ならば…誰もが持つもの。
ドールの様に頻繁に扱うわけではない。戦闘でも剣ばかりでほとんど滅多に使わない武器。
武器と成り果ててしまった、伝統と歴史を抱えた哀れな武器。
これを使うのは恐らく…いや、確実に。
これで。
「………最後だ」
ハイネが握り締める鎚が、一気に巨大化した。ドールの鎚よりもやや大きく、質素な装飾で薄汚れた…年季の入った鎚である。
直後、周囲の兵士達が身構えるのが分かった。ゼオスだけは、相変わらずの怖面でズカズカと歩み寄ってくる。
不意に、ハイネは真っ黒な空を見上げた。
厚い雪雲が所狭しと隙間無く占めた頭上の空には、当たり前だが、明るい月もまばゆい星の群れも何も見えない。
微かに見える埃の様な白い粉雪は闇に塗れ、その本来の美しさも、今は見いだせない。
ただ、寒いな…冷たいな…という感覚しか、無かった。
あの壮大な、何処を見ても何も無い砂漠が、恋しい。
あの夜空が、あの灼熱の太陽が、あの熱い空気が。
「………大長…」


