凝視していないと分からないが、傷だらけの身体は微かに呼吸を繰り返していた。
…虫の息に近い、男のあまりにも痛々しい姿は思わず目を背けてしまいそうになるものだが、ドールは全てを受け止めるかの様に………我が父を、じっと見詰めていた。
今も尚、幽閉されている父。
あんなに大きかった父が、今は小さく見える。
(………お顔の色が、優れないですね……お父様…)
悲しげな笑みを浮かべ、ドールはその細い指先で蝶の羽根を撫でる。
真っ赤な蝶は、くすぐったそうに身をよじった。
バリアンに棲息するこの赤い蝶は、実体の無い『鏡』と呼ばれる蝶。
空気中に漂う魔力を糧として生きる、極めて貧弱な生き物だ。
天敵の鳥や虫から逃れるためにたくさんの分身を出す。
本体が生き残れば、また大量の卵を産み落として子孫を増やせるからだ。
加えて本体と分身は意志疎通が可能で、いち早く分身から本体へ危険を報せる事が出来る。
その画期的な伝達能力を、バリアンの民は大昔から利用しているのだ。
古来から、バリアンでは鉱石の採掘が行われている。
採掘は険しい崖や谷、蟻の巣の様に掘り巡らされた地下にまで及ぶが、その作業は非常に大きな危険が伴う。
加えてバリアンの地は砂漠と化し、獰猛な獣も増えたため、危険度は更に増した。
『鏡』を使って、鉱山の民はあらゆる危険を回避していた。
『鏡』は、元はバリアンの民の知恵。
…悲しいかな。
民は今、その知恵を、戦争に使っている。


