イブの小さな掛け声と共に、二人は脱兎の如き瞬発力で疾走した。
とりあえず、敵がいる方向とは逆方向へと走る。速さはこちらが勝っているのだ。撒こうと思えば撒ける。……妙な邪魔が入らなければ。
「…ちょっとぉー…こっちは崖から決死のダイブまでしたってのに…やけに追跡早くない?あ、臭いからして男臭いバリアン兵だ…」
「それだけ、ここいらはバリアンだらけってことさ。………おい、見ろあれ」
苛立って悪態を吐くイブの隣りに並んで同じく疾走していたリストは、凍てついた針葉樹林だらけの景色の前方に、気になるものを捉えた。
いつの間にか日は暮れて、何処もかしこも真っ暗闇に包まれていたが…微かに白い雪の輪郭が見える黒一色の視界に、仄暗い一点の明かりを見つけたのだ。
松明?ランプ?…敵か?
一瞬身構えたが、その明かりは何故か微動だにしない。よくよく目を凝らして見れば、それは……。
「―――…家…?」
…驚きのあまり、素っ頓狂な変な声が出てしまった。
……家…家?……何度瞬きしても、どう見ても、暗闇に浮かぶその曖昧な形は家屋だった。こんな所に…こんな崖の下に、家が?ここいらに街など無い筈だが。
樹木の互いに絡まりあった枝と積雪に埋もれた向こうに、暖かな明かりを漏らす小さな窓がある。なかなか年季の入った家の様で、屋根もドアもやや傾いていた。煉瓦造りの家から生えた煙突からは、細々と痩せた煙が立ち上っている。
……そんな場違いな、小さな家の前にまで来た時だった。
家を挟んですぐ反対側の、森の方からだろうか。……こちらに向かって走ってくる複数の足音が聞こえてきた。
……自然、敵に挟まれた状態になりつつある。
「……ちっ…!」
二人は一旦その場で急停止し、周囲に視線を走らせた。…このまま走り続ければ逃げ延びることは出来るかもしれないが、到る所から出てくる敵と鉢合わせになる事も考えられる。……どっちにしろ、いづれは見つかるだろう。
「………リストの幸薄が感染った…」
「あのなあ、幸薄幸薄って…!……………………悪かったよ。いや、そんな事言ってる場合じゃない!……窮地だぞこれは」
げんなりするイブを傍目に、リストは焦燥に駆られながらも頭を働かせる。


