『………王子、ほらご覧下さい。………あそこに見えますのが、貴方様のお母君なのですよ』
『商人風情の娘でありながら、分をわきまえない愚かな女ですのよ』
『貴方様に会いたがっておりますが………それは貴方様を利用して権力をものにしようとしているだけに違いないですわ………平民の考えそうな事…』
『ユノ様……絶対にあの女とは会ってはなりませんよ。一切口を利かないで下さいな。………見るだけでも、こうやって遠巻きにならよろしいです』
『貴方様の母は卑しくとも、お父上はそれは素晴らしい、由緒ある血縁で御座います。気にする事はありませんわ。お父上の事だけ、誇りにお思いになさいませ』
僕は小さい頃からいつも、そう言われてきた。
立ち入り禁止とされた、隣りの塔。
雪空が見える窓に手を突いて、僕は。
お祖母様と乳母が悪口しか言わないその『愚かな女』を、ただ………眺めていた。
あれが、その女。
毎日毎日飽き足らず、中庭の椅子に腰掛けて………鼻歌を口ずさみながら、手元で刺繍をしている。
明るい内は、ずっとそこにいる。
召使が迎えに来るまで、ずっと……そこにいる。
何をしているんだろう、あの女は。
刺繍なんて、館の中で出来るじゃないか。
どうしてわざわざ、中庭の片隅に座って一心不乱に刺繍をするのか。
………馬鹿らしい。
馬鹿みたい。
ああ、そうだ。
そう言えばあの女は、愚かな女だったっけ。
馬鹿な筈だ。


