そう言って濃霧に手を伸ばすが、空気を撫でる事など出来る筈も無く、手は空を掴んだ。
「………それとも、眠れないのですか?………………戦士の月が浮かぶ日は…もう近いからかな…」
……少しだけ悲しげな笑みを浮かべると、濃霧がぐらりと揺れ、渦巻いた。
冷たい空気は伸ばした手に絡み付き、猫の様に足元に擦り寄る。
「………………“目覚めの災い”が起これば………………貴方は、貴方ではなくなってしまうのでしょうか……。………可哀相に………」
尊敬していないけれど崇めなければならない神様は………我が儘で、横暴で、身勝手で。
………大嫌いだ。
大嫌いです。
とても。
とてもね。
………自分の思い通りにならないからといって………どうして周りがとばっちりを受けなければならないのか。
「………………ヨルン……貴方は可哀相。………………貴方に罪は無いのに………。………随分昔に亡くなられた陛下や………可愛がってくれたフローラが悲しみますね………」
…そう言うと、濃霧はゆっくりと廊下の奥へと流れ込み、煙の様に消え失せた。
何処かに行ってしまったらしい。取り残された廊下の真ん中で、厚い氷で覆われた窓に目をやった。
透明な氷の壁の向こうは、激しい吹雪。
真っ白なカーテンがいつでも空を覆ってなびいている。
「………紅茶のおかわりはいかがでしょうか―…………眠くなってきましたか―………」
毎日何十回口ずさんでいるのか分からない歌を、ポツリポツリと呟く様に。


