「―――………長…」










珍しく、風一つ無い雪空の下。



ゆっくりと綿雪が舞い降りて来る中で、青年は足音を立てず、息を潜めて側に近寄って来た。

凍て付いた大木に背中を預け、手元をぼんやりと見下ろしていた少女に声を掛ける。




……少女が両手の平に包んで見詰めていたのは………真っ赤な、蝶。

ヒラヒラと羽を揺らし、少女の手の中で大人しくしている。


………その美しい赤い羽に、何やら模様とは違うものが映っていたが……青年がそれを確認する前に、少女は赤い蝶を隠してしまった。



蝶は赤い鱗粉を撒き散らしながら、少女の手の中で跡形も無く消え失せた。









「………何、ハイネ」

「………………偵察で飛ばしていた鳥が帰ってきました。………ここから南方に………それらしき人間を発見……」

「距離は…?」

「……まだ、だいぶあります。………徒歩ではまだ数日かかるかと………」

「………………そう。…………じゃ、もう寝なさい、ハイネ」

「………はい………………って!………はぁ!?」




予想外のやる気のない少女の言葉と態度に、ハイネは目を丸くして叫んだ。

「………お、長…何を言って…!?」

「………………あっちは待ってれば来るんだから。あ―…暇ね…」

そう言って、少女はマントを引き摺って小さな洞穴に向かって行く。ハイネは唖然とその小さな背中を見詰めていたが、「馬鹿ね、ハイネ」……と、不意に少女は振り返った。














「………………来たるべき時のために、充分休んでいなさい………」

不敵な笑みで、ドールは呟いた。