「こんな籠の中で、幸せになんかなれっこないだろう、サリッサ」
突如、この張り詰めた空気の中では相応しくない、楽観的な声が、階上から舞い降りてきた。
………サリッサはゆっくりと、その声の主に視線を移した。
サリッサの視界は、装飾の行き届いた壁や柱、きらびやかなシャンデリアと廊下に整列するランプの明かりを越え……。
………その真ん中に………二階の廊下の手摺で頬杖を突いてこちらを見下ろす、『彼』の姿を置いて静止した。
その姿をまじまじと見ずとも、一瞬で彼が『彼』である事に気付いたサリッサは、反射的にその場で膝を突き、深々と頭を下げた。
………この国の頂点である彼を、自分の様な小娘が見詰めるなど……無礼極まりない。
頭が高い、と感じた悲しき下級民の自我が、サリッサを土下座させていた。
サリッサのすぐ脇で、驚愕に満ちた夫人の声が頭上から聞こえてきた。
「………なっ……!?………何をしているのですか!!……また…部屋から出て………何度言えば分かるのですか!!…は、早く部屋へ…」
「あの部屋は暇なので。………細やかな娯楽を探しに来たのですよ、マノン夫人」
「…ひ……暇って……!………娯楽だか何だか知りませんが…貴方、少しは自重して…」
「サリッサ」
………頭上で飛び交う二人の会話から、不意に………自分の名が、呼ばれた。
夫人の言葉を無視した、その彼の呼び声に……サリッサは一瞬震えた。


