彼の言う通り、実はこの館に出入りし始めた頃、病で臥せているサリッサの母の事を知った夫妻が、館で療養してもよいと言ってくれたのだった。
母の心配ばかりをしていたサリッサには願ってもみなかった事。すぐにこの事を母に伝えたのだが…。
「………私達は、しがない商人。身の程をわきまえ、身の程に値する場所にいるべきです………と……撥ね付けられてしまいました。……変なところで…頑固な母で……」
「…そうか………立派な、お母上だ。…世の中は不平不満だらけだというのに………そういう厳格で、己の身分に誇を持つ人は…珍しいね。………………そんな価値観を作り出してしまったこの浮き世の、哀しい面でもあるけれど」
「………哀し…い」
「うん………哀しいよ。………身分なんて………邪道さ…」
……次第に、難しい表情へと変わっていく彼。普段の明るい彼が昼と例えれば、その姿は正反対の夜そのもの。
しかしそれでも、眉間にしわを寄せて考え込む彼の美しさは、衰えをしらないようだった。
「………私の親は、随分昔に亡くなられてね…」
…そう言い出した彼は、気難しい顔から一転。
いつもの天真爛漫な彼にケロッと早変わりした。
「母は病気で。父は…あー…なんと言うか……心の病で?……物凄い鬱になってしまってね。………ある時から飲まず食わずになってしまって……衰弱死してしまったよ」
………何でも無いかの様に話す彼だったが、その内容はあまりにも壮絶で……サリッサは何と答えればいいのか分からずにいた。
「……まあ気持ちは分かるよ。この館に生まれた時から閉じ込められている私も………父上の様に、いつか狂いそうで仕方無い」


