その距離はあっという間に縮まり、男が瞬きをした直後には、鞭が絡み付いた喉に鋭利な短剣の切っ先があった。
「………ひっ…!?」
「―――……動くな」
………震える男の目の前で揺らぐ影が、霧の様に少しずつ晴れていく。
闇が無くなると同時に、隠されていたその姿が次第に明らかになってきた。
ピンと張り詰めた、不安定な細い鞭の上に立ち、男の真正面で短剣を突き付けているのは………まだ若い青年だった。
灰色の短い髪に、色白の肌。
目を引くのは、装飾が施された右目の眼帯と、その右目を中心に走る大きな十字の古傷。
無駄な筋肉は付けていない、鍛え上げられた身体は細い。
纏う衣服は一風変わっていて、民族衣装か何かなのか、胸の下から腰までを太い帯で巻いている、着物に似たものだった。
男をじっと睨む鋭い片目が、ギラリと光った。
「………何奴だ。賊の類いではないな………………何処の手の者だ…言わねば………」
低い声で呟き、青年は突き付けた剣先を男の喉仏に食い込ませた。
「…ジン、殺生は無用だ」
…不意に、真下の地面からローアンの声が聞こえてきた。
「………しかし…陛下…」
「…死人に口無しだ。殺しては何も得られんぞ。………とにかく、放してやれ」
…こちらを見上げて命令するローアンを再度見下ろした後、ジンは素早く短剣を腰の鞘に納め、その場から飛び下りた。
クルクルと回転しながら宙を舞い、佇むローアンの前に軽やかに着地した。
………瞬間、男の首を締め付けていた鞭がシュルシュル…と解け、一瞬で黒い靄となって消え失せた。


