亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


(……完全に、魔力の暴走に自我が支配されている…)

孤立して佇む、何処か虚ろなその巨大な存在感に、ああこれは非常にまずい展開だなとノアは自嘲的な笑みを浮かべた。
極論だが、例えて言うならばユノは今や、人間の形をした魔力の塊だ。
本来ならば王という存在しか使えない筈の白の魔術を、感情の起伏のままに使いすぎて、彼はとうとう制御出来なくなったのだろう。

暴走した魔力は、術者ごと飲み込んだのだ。そして崩壊した自我の代わりに彼を動かしているのは、言わずもがな…レトへの憎悪、ただ一つだ。そうでなければ、レトを追ってここまで来る筈が無い。


今彼は、ユノ本人だが、ユノではない。


その目は虚ろで足元を見つめているが、きっと何も見ていないのだろう。


既に凍てついた場の空気が、彼の存在だけでまた更に違う意味で恐怖に凍りつく。
…たった一歩、ゆっくりとユノが室内に足を踏み出した途端、舐める様に彼の全身に這っていた魔術の一部が足元に流れ出し、幾つもの丸い魔方陣を床一面に象っていく。同時に、ユノを守るかの様に丸みを帯びた薄い氷の壁が彼を覆い始める。
それはまるで、巨大な花の膨らんだ蕾の様だ。

生気など微塵も感じられない、空っぽの殺意を宿した真っ赤な眼球が、静かに前を見詰める。揺らめいた輝きに自分の姿が映っていると分かると、レトはビクリと身体を震わせて身構えた。
また一歩、ユノが歩を進める。その歩みは確実にレトへと向けられていた。

……ユノが、来る。


迫り来る強大な存在から目を外さずに、レトは自分の腰回りに右手を彷徨わせた。
ベルトに挟んだ剣やナイフが、あと何本残っているのか。ここに来るまでにだいぶ消耗した気がする。なによりも、武具のほとんどを引っかけていたマントを大広間に置いてきてしまった事が致命的だった。

(……背中の剣、と…靴底のナイフと…この短剣と…。…………三本、しかない…)

…かつて、ここまで軽装備だった事など過去にあっただろうか。…否、狩人として生きてきたレトには、この今の装備は薄すぎた。

ほとんど無防備に近い様な錯覚が、レトに大きな不安を抱かせた。