亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

慌てて身体を起こし、そこら中に転々とある氷山の一角の様な氷の上に跳び乗った。獣の脚を象った様な氷の手が数本、高所にいるレトに伸びるが、どうやら高さのある場所には届かない様だ。

ただでさえ滑る氷の地表に、薄気味悪い化け物が這い回っているとなると、移動自体が困難だ。…だが、天井から唐突に生え伸びてきた次の氷柱の襲撃を目にすれば、そんな障害にぶち当たっている暇は無い事を実感させられる。


明るい光を放ち、獲物目がけて垂直に落ちてきた巨大なそれを、勢いを付けてレトは寸前のところで回避した。氷柱の落下で、青い霧が風圧に巻かれて埃の様に拡散する。次いで投身を図ったシャンデリアが粉砕し、細かなガラスの破片が足元に散乱した。

落下の衝撃で真っ二つに折れた氷柱の上に、レトはよじ登る。
あっという間に青く濁った仄暗い世界を見渡したレトは、暗がりの奥で孤立する異質な影を目にするや否や…ゾクリと全身に走る悪寒に、思わず息を止めた。


そこにいるのが誰なのか、レトは勿論の事、ノア達にも分かり切っている事だった。正体が明白ならば別段驚くこともないのだが……それでも、そのシルエットを目にした誰もが、驚愕を覚えるのも無理は無かった。



「………のまれている…」


両手で口を覆うサリッサをそっと下ろしながら、ノアは呟いた。










大きく口を開いた扉の前には、背丈の低いシルエットが一つ。

人間の、子供の形をしたそれは。



―――全身に、大小の魔方陣が張り付いていた。







古代文字と不可思議な模様が並ぶ青白い魔方陣。仄かに輝くそれが幾つも幾つも重なって、その小さな身体に余す所無く浮かびあがっている。…群がっている。
それがあまりにも多すぎて、最早その下にある筈の肌や髪の色、服までもが見えない状態だった。

…唯一、それが誰であるか判別出来るのは……羅列する古代文字の隙間から微かに見える…光の無いガラス玉の様な、真っ赤な左目だけだった。



「―――…ユノ…?」




…一見分からないかもしれないが、それは、確かにユノだった。
恐る恐る彼に掛けてみた自分の声が震えているのは、この言い様の無い恐怖からか、驚きからか。