亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~


赤を帯びたブラウンの柔らかい髪を撫でながらそう呟けば、刃程ではないが、じわりと緩やかに貫通する様な視線を注がれている事に気付き、レトは向けられた眼差しの主へと視線を移した。

…直ぐさま瞳が映し出したのは、こちらをじっと凝視してくるサリッサの姿。
泣き腫らした双眸は乾きを知らず、今にも零れ落ちそうな大粒の涙を溜め込んで揺らいでいる。
月明かりで揺らぐその無言の仄明かりに、レトは明らかな敵意を捉えた。

ピリリと張り詰めた警戒心の眼差しを黙って受け止めていれば…不意にサリッサの手がマントの内に伸び…。


…再び表に現れた彼女の手には、キラリと鈍い光を放つ鋭利な刃。

両手で握り締められたそれは、彼女がこの旅路の中で一度しか抜いたことのなかった懐刀だった。

色鮮やかな美しい柄の入った短剣。

そしてその切っ先は今、レトに向けられている。





「………」

「………」


口を開かない両者の間に、何とも奇妙な静寂が漂う。
いつ彼女の剣が突っ込んできてもおかしくない状況下で、レトは少しも動揺することなく、冷静にただ彼女を見詰めていた。
弱り切ったこの身体でも、武術に縁の無い彼女の剣を払い落とす事は出来る。だがしかし、レトは微動だにしなかった。
傍らに佇むノアも、見守るばかりで何も言ってはくれない。

対するサリッサは……また一つ、涙を流した。
わななく唇を噛み締め、全身を小刻みに震わせている。
その姿は酷く弱々しくて、儚くて、痛々しくて。


なんだか、壊れてしまいそうなくらいで。









「………ユ……ユノを……あの子を…殺すなんて………私が…許さない…っ…!…絶対に、許さない…絶対に…!」

「………」

カタカタと震える手で何度も剣を握り直し、サリッサは声にならない言葉を紡ぐ。
向けられているのは敵意。それなのに。


そこに、憎悪は無い。




仮面を被ったやり場の無い悲しみが、彼女に剣を握らせているのだろうか。





レトが静かに向き直ると、サリッサはビクリと身を震わせた。
そんな僅かな反動でも、つい剣を落としてしまいそうになっていた。