亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

懐かしい名前と、懐かしい声を、聞いた気がした。

ゆっくりと、穏やかに流れていく時の中で、イーオは不意に聞こえたその声の方向に、視線を移した。






暗い雪の中。
少し離れた、針山だらけの殺風景な場所。







…そこに、懐かしい姿を見付けた。







五十年以上も前に初めて目にした時と、ちっとも変わらない…色褪せることのない緑色の長い髪と。

私だけを見詰める、透き通った美しい瞳と。



忘れることの無い、私の記憶の中に、私の頭の中にいつもいる、私の。




………やっぱり、良かった。後悔なんてしていない。だって。

ほら。


















「ノア、あなたにも会えたもの」
















大蛇が小柄な老婆目掛けて勢いよく突っ込んだのと、霧状の黒い大量の靄が周囲に溢れ出したのは、ほぼ同時だった。







夜に溶けた吹雪の世界に、闇よりも深く濃い漆黒の冷気の塊が、浮上した泡沫の如く一気に弾けた。

広範囲に至るまで散り散りになったそれらは黒いダイヤモンドダストと化し、吹雪の導きを断って地上のある一点のみに降りていった。


静寂を取り戻した、殺風景なその一箇所にだけ。














滑らかな肌を保っていた積雪は、直進してきた強い衝撃に堪えられる筈もなく、見事に表面が荒々しくえぐられていた。


小さく真っ黒なダイヤモンドダストの群れは、ゆっくりと地上に下降していくと……目下に横たわる、半透明の大蛇の痙攣している巨体に、吸い込まれる様に次々に滲んでいった。





…少しだけ弱まった吹雪に乗って、闇に同化して見えなくなった雪が、また一粒…一粒と、震える睫毛の先に、絡み付く。




…全身を襲う何とも言葉に出来ない痛みに思わず目を瞑れば、睫毛の先の綿雪がしわの寄った瞼を撫で……ああ、冷たいな…と、素直な感想をイーオは抱いた。








冷たい雪の厚い絨毯の上で、イーオは、ヨルンを胸に抱いて横たわっていた。