「良い働きです、トゥラ」
“闇溶け”で神出鬼没な攻防を繰り広げ、またすぐに姿を眩ましたトゥラに、ジンは小さく呟いた。
視覚による方向感覚を鈍らされ、一時的に真正面の視界が真っ暗になった大蛇は、痛みと混乱に身悶えながらがむしゃらに直進した。
行く手に佇む者の存在を、知ることも無く。
毒が滴る牙が並んだ生々しい真っ赤な口が、迫ってくる。
呻き声を上げ、大地をえぐり、たくさんの障害物を破壊しながら真っ直ぐに。
えぐれていく道の延長線上に佇んでいたジンは、徐々に距離を詰めてくる大蛇の巨大な口から視線を逸らした。
片手に握る鞭を軽く揺らし、本の一歩だけ…ジンは、不意に、延長線上から脇に外れた。
…危険極まりないその場所で、彼の長身が、静かに動くのと同時に…。
あろうことか。その背後に、そこにいてはならない筈の老婆の姿が、目に飛び込んできた。
「―――…イーオ?」
「…何で、あそこに…っ……!?………ジン!!」
ジンの後ろには、イーオの姿があった。立てない彼女は冷たい積雪の上に腰を下ろし、迫り来る貪欲な殺気の塊を、ただ無表情で見詰めていた。
いくらジンの傍だからといっても、そこが安置ではない事など分かっている筈なのに。
連れて来たジンもジンだ。あの男は一体何を考えているのか。
…どうして、と驚愕に満ちた叫びを上げながら、イブとリストの二人は直ぐさま踵を返してイーオを避難させるべく、彼女の元に急ぎ走った。まだ、ギリギリ間に合う筈だ。
だが、その直後……いつの間に移動したのだろうか…疾走する二人の前に、目にも止まらぬ早さで鞭を振るうジンが、“闇溶け”で現れた。
息を吐く暇さえも無い。
空に曲線を描く黒い鞭は周囲を旋回してグルリと囲むや否や、二人の身体に一瞬で巻き付いた。
そのまま脇を通り過ぎて後方に跳躍するジンの動きに伴い、鞭に巻き付けられた二人はまるで釣られた魚の様に、強引に後ろへと引っ張られた。
「…っ…!?」
「ジン…!!」
絡み付く鞭から逃れようともがきながら彼を呼んでも、ジンの背中は何も語らない。
独り残されたイーオの姿が、どんどん小さくなっていく。


