亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

…その人からは、知らない香りがした。

温かくて、目を閉じれば眠たくなってしまいそうで、とても心安らぐ香り。
この人は、春なのかもしれないと思った。


父以外の他人に泣きながらしがみつくことなんて、今までは考えられなかったのに。
…でもそうでもしなければ、何だか壊れてしまいそうで…。
………結局のところ、どんなに平気な顔をしていても、虚勢を張っても、僕はやはりただの子供で、たった独りでは生きていけないんだ。




「―――レト、貴方は急ぎ謁見の間に戻って下さい」

己の情けない啜り泣きが木霊する中、不意にノアの一言が割り込んできた。
反射的にぐちゃぐちゃの泣き顔でそちらを見遣れば…浮遊するノアの長身が、先程よりも薄らいで見えた。
元々半透明な分身が、更に色素を無くして見え辛くなっている。
何事かと訝しげに目を凝らせば、直後、短い時間だったが大地が大きく上下に揺れ動いた。
ノアの身体もその揺れに伴って、段々と透明に近くなっていく。


「……私の可愛いヨルンがまた…面倒をおかけしている様ですね。ただでさえ今力が使えないというのに…あの子のやんちゃなお遊びのせいで拍車がかかっているみたいです。…御二人を放置する様で申し訳ありませんが……………地震の原因を、絶って参ります。…私の用事が終わるまでに、レトは謁見の間にいる様にしておいて下さい。………どうか、御無事で」

時間が無い、と再度呟くノアの姿は、次に揺れが生じた時には限りなく透明に近い状態になっていた。
かろうじて見える輪郭が、レトを見て微かに笑っている様に見えた。


気配や姿の一切が目の前から消え去る直前、大地の騒音が混じった声無き声が、静かに空気を震わせた。








「―――どうか悲しまないで下さいレトバルディア。………私が、彼を殺します」















「…ノア……っ…!?」

無色の空虚に溶けていったシルエットに意味も無く手を伸ばしたが、当然ながら、その手は冷たい空を掴んだ。
…だが、そのまま呆然と佇んでいる暇など無いと言わんばかりに、突然周囲の景色がぐにゃりと歪んだ。