亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

抱き留めていた父の温かさは直ぐに無くなり、直ぐに忘れてしまった。

この瞬間、無人となった玉座。
その前でリイザは、何処を見る訳でも無くぼんやりとした双眸でじっと佇んでいた。
静寂と、何処からか流れ込んでくる夜気と、微かに鼻を突く生々しい鮮血の臭いに包まれ、一際大きな松明の爆ぜる音を耳にすると…リイザはそっと口を開いた。


「―――隠れていないで…出て来たらどうですか、兄上」

そう言って謁見の間の開け放たれた扉に視線を移せば…苦笑の様な小さな笑い声と共に、傍の柱の影から…その人物は現れた。
同時に、階段上のリイザの目下にいたログが影の差す両の瞳に鋭い警戒心を孕ませ、杖を構えた。

「…別に隠れていた訳じゃないさ。ただちょっと……お邪魔かなって思ってね」

潜む闇から一転、揺らめく赤々とした明かりの表舞台に姿を見せたのは、端整な顔立ちに笑みを浮かべた男…兄のアイラだった。
腕を組み、人差し指で艶やかな赤い髪先を弄りながら、柱に背を預けてリイザに微笑むアイラ。
その直ぐ後ろには、彼の付き人であるカイの姿も勿論あった。

ログとカイは付き人同士、緑の瞳に凄まじい敵意を宿らせて互いの姿を映し合っている。


密かに火花を散らす自分の付き人はそっちのけで、静かに見詰め合うこの兄弟は、互いに異質で奇妙な空気を醸し出していた。

アイラは、いつからそこにいたのだろうか。
…しかし、それよりもまず己の父親の遺体を前にして狼狽えるどころか、いつもの涼しい笑みを浮かべているその態度の方が問題だった。


黙りこくるリイザに対し、アイラは乾いた笑みを漏らした。

「…ああ、それと今の悲劇…いや、喜劇かな?…ハハッ…まぁどちらでも構わないが………観賞していたのはなにも私だけではないよ。……ねぇ?………えーと、誰だったかな?……ウルガ、だったかな?」


朧げにしか覚えていない第三者の名前を呟いて、部屋の隅の暗い影に向かって軽く手招きをすれば……がたいのいい、一人の兵士がゆっくりと歩いてきた。

呆然としたその表情が、彼への衝撃を物語っている。