亡國の孤城Ⅱ ~デイファレト・無人の玉座~

リストは頭に被った雪を払い落し、ゆっくりと谷の縁に歩み寄るローアンを慌てて追いかけた。縁は向かい側で流れ続ける雪崩のせいで、厚い雪を被っている。足場は悪く、下手をすれば谷に滑り落ちてしまう。向かってくる風も強い。

「…陛下、先を急ごうにもこれでは危険です。他に道を探すしか…」

“闇溶け”も出来ない。谷を降りるのは滝壺に飛び込むのと同然でただの自殺行為だ。仕方ないが、ここは安全を第一に考えて迂回すべきです…と繋げようとしたリストの言葉を、ローアンの至極軽い調子の声が遮った。

「いや、私はこのまま谷を渡る」

「はい、それではこのまま谷を………え…?」



…主の思い掛けぬ返事。呆けた表情で我が耳を疑うリストを尻目に、ローアンはズカズカと谷の縁へ歩を進める。その後をイブが追い掛ける。

「隊長、どうすんのー?…まさか、飛び込んでいくとか…!……隊長!あたしをこれ以上置いて行かないでぇー!!」

「阿保か。………よし、三人とも…私の後にしっかりとついて来い」

「………陛下、どうなさるおつもりで…」


隊長が死ぬー、とヒステリックに泣き喚きながらしがみついてくるイブを再度剥がすローアンに、至って冷静なジンが怪訝な表情で言った。

その問いに、ローアンは口元に微かな笑みを浮かべながら……その場で膝を突いた。


冷たい純白の大地に手の平を沈めてそっと瞼を閉じ、数秒の間を置いて表に曝されたローアンの瞳は…。











「魔術には魔術だろう」












鮮やかな青色から、生々しい鮮血の、赤へ。


黄金の睫毛の縁の中で、ゆらりと揺らめく赤い瞳。
夜の闇にぼんやりと赤い仄明かりが灯ったかと思うと。





大地が、唸り声を上げた。

それは、雪国の咆哮。
深い深い地の底で眠っていた存在の、突然の覚醒。






けたたましい地響きに伴い、凹凸が広がる深い谷の壁面がぐにゃりと歪んでいくのが見えた。
岩壁が蠢いている?……いや違う。あれは…。






「………木の、根だ…」